店舗デザインのコンセプト

水信さんとは、15年ほど前に小売の店舗の店作りをお手伝いしてからのおつきあいです。
横浜の老舗で100年の歴史があるというのは、それだけの信用があって続いてきた証。その時のブランディングには、CIに古い家紋と新しいシンボルマークの両方を使いました。
今回の店舗も、テーマは懐かしさと新しさが融合したデザイン。100年の老舗というブランドを形にした、子どもからお年寄りまで三世代が楽しめる空間でした。
この店は、いわば現代に創るクラシックと考えています。僕は「ポスト・クラシック」と言ってますが、今ある技術と素材で創り上げたクラシックということです。

豊かな時間の流れる空間で、老舗ならではの最高の果物を使ったメニューを提供するのが、このお店の特徴です。親子三代が来て、ちょっとおいしいパフェを食べたりして、それが子どもたちの贅沢な豊かな思い出になる。そんな記憶に残るような空間、デザインになっています。

食を提供する空間づくりの難しさ

今まで僕が多く手がけてきた列車の場合は、移動して景色が変わっていくということが、一番素晴らしくて価値があるんですね。ですから、いかに窓をデザインするかがテーマで、いい窓=額縁を作って、景色という絵が次々と変わっていくのが理想なんです。
それに対し、店舗は景色は変わらないから、いかにして変化をつけるかを考えます。
例えば、最初はパフェを食べに行き、その時に何か漠然としたものが記憶に残っていて、その次に行くと「ああ、床も壁もシートも全部デザインが違う」と気づく。
普通のカフェだとシートのカラーも2色ぐらいですが、ここは20種類ぐらいの柄を組み合わせています。そういうこだわりが必要になるんですね。列車よりパーラーやレストランといった空間のほうが、造り方が難しくて手間もかかります。

店内写真

作り手の手間隙から伝わるエネルギー

現代では、店舗デザインは手間隙をかけないで、いかに合理的に経済性と利便性を追求した作り方をするかがテーマになってしまっています。10年とか下手をすると5年ぐらいで変えればいいんだという発想の店が多い。だから、現代では手間隙がかかってしまう作業、古今東西の世界のデザインの様式を採り入れるような圧倒的に手間のかかるものは、いちばん嫌がられます。
それに比べ、この店は50年使うということを前提にして作ってあります。
デザインというのはセンスだけでなく、職人・作る人の手間隙、情熱・エネルギーというものが入っていることを、お客様は感じるんですね。

お客様が喜ぶものをどうやったら作れるのか。
それには最低でもこれぐらい手間のかかった様式、色、形、素材を使って空間を造り、そこに美味しい食べ物とサービスがあって、ようやく感動体験を創ることができるんです。
お客様の記憶に残るようなサービスや食べ物をご提供する空間、舞台を創ることが、僕たちデザイナーの仕事です。

最高の舞台が最高のコミュニケーションを生む

人間というのは、それぞれが役を演じて生きています。
僕たちデザイナーが最高の舞台を作ったなら、まずはその舞台を見た水信のスタッフたちが、「この舞台で仕事をしたい」「ここでなら力を発揮できる」という風に意識が変わって、役を演じていきます。そのスタッフのカッコ良さがお客様に伝わると、主役であるお客様は、顧客という主役を見事に演じようと思ってくる。皆がそれぞれの役を演じた時に、初めてこの空間が豊かなコミュニケーションの生まれる舞台に変わっていくんですね。

すばらしい舞台ができたとしたら、自然に人はがんばるものです。スタッフにサービスのルールは教えられても、それから先はマニュアルでは表現できない部分、一人ひとりの気持ちです。その一人ひとりの気持ちが進化・成長する。
この空間にいることでお客様の意識が変わったり、サービスする人もこの空間に相応しい役を演じることで成長していったり、皆が感動体験を経ることによって、成長し意識が変わるんです。
このお店では、コーヒーや紅茶の一つをとっても今まで感じたことのないような味を感じる、果物の味を再認識できる舞台、空間になっていたら、成功ですよね。

ディティールへのこだわり

内装は一見ヨーロッパ風、そこに日本や中国などアジアの柄が入ってきたり。デザインは一つひとつ全部違って、既製品は一つもありません。
照明器具も、椅子、テーブルも、全部がこの店のために作ったもの。天井のステンドグラスから、壁の装飾の模様もすべてをデザインして、オリジナルで製作しています。
教会風のコーナーに金色の鳥の巣箱があったり、組子の職人の手仕事になる仕切り扉があったり、見れば見るほど違いがわかってくる。1度目には気づかなかったものが、2度目、3度目に来て、また新たに気づくディティールがあるんです。

お茶を飲むだけでない、心地よい時間を過ごすための空間をどう作るか。何時間いても飽きないような空間設定をしています。外観がガラス張りなので、外から見えすぎていて落ち着かないということのないよう、見えているようで見えない仕切りや、客席の配置なども考えています。
決して広くない、狭いけれどぎゅっと密度を上げて作ってあることは、わかる人にはきっと伝わる。建築物やデザインが好き、豊かな空間を使ったことがある、そういう人たちがくれば、この良さが、手間隙が理解できると思います。

店内イメージ
店内イメージ

老舗のプライドを表現する水信のフラッグシップ

お客様からいただいた儲けは、お客様に還元しなければいけません。しかし、世の中にはそういうことを考えないビジネスばかりが多くなっています。
長い間お客様にご愛顧いただいた老舗だからこそ、クオリティーの高い物を提供していく。この店は、そういう形で老舗のプライドが表現されています。
こんなに小さい空間に大きなお金をかけても儲からない、ではなくて、ここは「水信のフラッグシップ」。これが水信の考えるサービスであり、店作りであり、考え方であるということを表現した時、こうなるという店なんですね。

昔の一流ホテルなどには、こういう手のかかった造りがありましたが、今はこんな面倒な仕事をするところは一切ありません。
世界を旅して良いものを知っているような方たちが、ここを知れば使ってくださる。わからない人には高くても、わかる人にとってこの値段でこの空間は安いと思えるし、そう感じてくださる人はたくさんいると思います。
とにかく実際に来て見て、素晴らしさを感じていただきたい。お客様には一度は来て、最高のサービス、料理をこの空間で楽しんでみていただきたいと思います。

水戸岡鋭治

水戸岡 鋭治

みとおか えいじ

デザイナー。1947年岡山県生まれ。大阪やイタリアのデザイン事務所を経て、1972年、東京にドーンデザイン研究所設立。JR九州の「ななつ星 in 九州」をはじめ、車両、駅舎、バス、船などを多数デザインし、数々の賞を受賞。